なぜ私は観測を続けるのか

このブログを書いていると、ふと考えることがあります。

これは転職活動の記録なのか。
AI時代について考えるブログなのか。
Kindle出版や個人発信の記録なのか。

どれも間違いではありません。

ですが、それだけで説明すると少し足りない気もしています。

私がこのブログで続けているのは、たぶん「観測」です。

転職活動を観測する。
AI時代の変化を観測する。
出版した自分の反応を観測する。
そして、変化の中にいる自分自身を観測する。

このブログは、何かの正解を示すための場所ではありません。

48歳の自分が、AI時代の中で何を考え、何に迷い、どんな選択をしているのかを記録する場所です。

目次

昔は答えを探していた

若い頃の私は、ずっと答えを探していたように思います。

正しい仕事。
正しい働き方。
正しい選択。
正しい生き方。

どこかに正解があって、そこに近づけば不安はなくなると思っていました。

仕事を選ぶ時も、転職を考える時も、何か一つの正しい道を探していた気がします。

ですが、年齢を重ねるにつれて少しずつ分かってきたことがあります。

答えらしきものを手に入れても、また次の問いが生まれるということです。

仕事が決まれば終わりではありません。
転職に成功すれば不安が消えるわけでもありません。
AIを使えば、すべての答えが自動的に見つかるわけでもありません。

答えを探していたはずなのに、気付けばまた別の問いの前に立っている。

その繰り返しだったように思います。

AIも転職も、問いを増やした

AIを使い始めた時、最初は便利な道具だと思っていました。

分からないことを聞けば答えてくれる。
文章を整えてくれる。
アイデアを出してくれる。
作業を速くしてくれる。

もちろん、それは今でも大きな価値です。

ですが、AIを使うほど、別の問いも増えていきました。

自分の経験はこれからも通用するのか。
AI時代に人間が担う役割は何なのか。
自分は何を学び直すべきなのか。
この変化の中で、どこに立てばいいのか。

転職活動も同じでした。

転職先が決まれば悩みは終わると思っていた部分がありました。

でも実際に求人票を読み、面談を受け、自分の経歴を説明しようとすると、むしろ考えることは増えていきました。

自分は何ができるのか。
何を強みとして伝えられるのか。
40代後半の自分は、どう見られているのか。
これまでの経験を、どう整理すればいいのか。

AIも転職も、答えを減らすものではなく、問いを深くするものだったのかもしれません。

だから観測するようになった

ある時から、答えを急いで探すより、起きていることを観測する方が大事なのではないかと思うようになりました。

なぜ不安になったのか。
なぜその求人に引っかかったのか。
なぜ面談後に疲れたのか。
なぜAIを使うほど、安心ではなく不安も増えたのか。

結果だけを見るのではなく、その途中で自分に何が起きているのかを見る。

そこに、このブログを書く意味があるのだと思います。

転職活動も、成功か失敗かだけで見れば、結果が出るまで何も書けません。

でも実際には、途中にも多くの気付きがあります。

求人票を見て感じた違和感。
面談でうまく説明できなかったこと。
年齢の壁を感じた瞬間。
自分の強みを言葉にし直した時間。

そうした途中経過を残すことにも、価値があるのではないかと思っています。

成功談より、途中経過を書きたい

世の中には、成功談がたくさんあります。

転職に成功した。
年収が上がった。
副業で稼げた。
AIを使って成果が出た。

もちろん、それらは素晴らしいことです。

ですが、私が書きたいのは、成功した後の話だけではありません。

むしろ、迷っている途中の方に関心があります。

まだ結果が出ていない時。
不安が残っている時。
自分の選択に確信が持てない時。
それでも少しずつ動いている時。

その途中にこそ、人間らしさが出る気がしています。

このブログでは、成功者として語るつもりはありません。

先生として答えを示すつもりもありません。

今の自分にできるのは、変化の中で見えたものを記録することです。

出版も観測だった

Kindle出版も、最初から大きな成功を狙って始めたわけではありません。

出版したら何が見えるのか。
自分の文章を本にした時、何を感じるのか。
AIを使って編集や翻訳をしたら、どこまでできるのか。
個人が小さく発信を積み重ねた先に、何が残るのか。

それを知りたくて始めた部分が大きいです。

だから、売上だけを見ているわけではありません。

もちろん売れたら嬉しいです。

ですが、それ以上に気になっているのは、出版という行為を通じて、自分の中に何が起きるのかです。

やってみる前と、やってみた後では、見える景色が少し変わります。

その変化もまた、観測の対象なのだと思います。

AI時代だからこそ、観測する意味がある

AI時代は、変化が速いと言われます。

実際、その通りだと思います。

昨日まで難しかったことが、今日にはできるようになっている。
専門家しかできなかった作業に、個人でも手が届くようになっている。
一方で、何を学べばいいのか、何が価値になるのかは分かりにくくなっています。

未来を正確に予測することはできません。

だからこそ、今起きている変化を観測する意味があります。

大きな結論を急ぐのではなく、小さな変化を見逃さないこと。

不安も、違和感も、迷いも、ただのノイズとして捨てないこと。

そこから、自分なりの次の一歩が見えてくることがあります。

観測者として生きる

私はAIの専門家ではありません。

転職の専門家でもありません。

出版の専門家でもありません。

成功者でも、先生でもありません。

それでも、観測者にはなれると思っています。

変化を見て、記録して、考える。
自分が感じたことを言葉にする。
途中経過を残す。
誰かに答えを押し付けるのではなく、問いを共有する。

それなら、今の自分にもできます。

だからブログを書いています。

だからAIと向き合っています。

だから転職活動の途中経過も、出版した後の感覚も、記録として残しています。

おわりに

なぜ私は観測を続けるのか。

それは、答えを持っているからではありません。

むしろ、答えを持っていないからです。

わからないことがある。
迷うことがある。
変化の途中にいる。
だから観測する。

このブログも、転職活動も、AIとの対話も、出版活動も、すべてその延長線上にあります。

AI時代の変化の中で、48歳の自分が何を見て、何を考え、どう動いていくのか。

これからも、その途中経過を記録していきたいと思います。

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