出版作業の中で、
一番緊張したのはいつだったのか。
そう聞かれたら、
私は迷わずこう答えると思います。
「出版ボタンを押した瞬間です」
表紙も作りました。
原稿も完成しました。
説明文も書きました。
設定も終わりました。
やるべきことは全て終わっています。
あとはボタンを押すだけでした。
ですが、
その最後の一歩が思っていた以上に重かったのです。
本当に出していいのだろうか
出版直前になって、
急に不安が増えました。
誤字脱字はないだろうか。
内容は大丈夫だろうか。
誰かを傷付ける表現はないだろうか。
もっと修正した方が良いのではないか。
今思えば、
それまで考えていたことをもう一度最初から考え直していた気がします。
誰にも読まれなかったらどうしよう
もう一つの不安がありました。
それは、
誰にも読まれなかったらどうしようということです。
本を書くことと、
本を読まれることは違います。
自分では頑張ったつもりでも、
読まれなければ存在しないのと同じかもしれない。
そんなことを考えていました。
読まれたら読まれたで怖い
不思議なことに、
読まれなかったら不安なのに、
読まれたら読まれたで不安でした。
感想をもらったらどうしよう。
批判されたらどうしよう。
期待外れだと言われたらどうしよう。
考え始めると、
いくらでも不安は出てきます。
それでも押した
結局、
私は出版ボタンを押しました。
特別な覚悟が決まったわけではありません。
不安が消えたわけでもありません。
準備が完璧になったわけでもありません。
ただ、
あることに気付いたのです。
このままでは、
永遠に出版できない。
ということに。
観測できるのは出版した後
出版する前に考えられることには限界があります。
売れるのか。
読まれるのか。
感想は来るのか。
続けたくなるのか。
それらは全て、
出版してからしか分かりません。
つまり、
観測したいなら出版するしかなかったのです。
ボタンを押した瞬間
正直に言うと、
ボタンを押した瞬間のことはあまり覚えていません。
映画のような感動があったわけでもありません。
人生が変わる音が聞こえたわけでもありません。
むしろ、
「本当に押してしまった」
という感覚の方が近かったと思います。
出版は終わりではなかった
そして予想通り、
出版しても世界は変わりませんでした。
翌朝も普通に起きました。
転職活動も続いていました。
生活も変わりません。
ですが、
一つだけ変わったことがありました。
観測が始まったのです。
レポートを見る。
販売ページを見る。
反応を気にする。
出版前には存在しなかった観測対象が生まれました。
出版したことで分かったこと
出版して分かったことがあります。
出版はゴールではありません。
スタートでもありません。
正確には、
新しい観測地点です。
出版する前には見えなかった景色があります。
出版した人にしか分からない疑問があります。
そして、
出版したからこそ始まる実験があります。
おわりに
出版ボタンを押した日。
それは本が完成した日ではありませんでした。
観測が始まった日でした。
不安はありました。
迷いもありました。
それでも私はボタンを押しました。
なぜなら、
押さなければ何も観測できなかったからです。
今振り返ると、
あの日の私は出版者というより、
観測者だったのかもしれません。
この記事は
「48歳、出版する」
シリーズの第3話です。
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