48歳になって気付いた。人生は思ったより途中だった

若い頃、48歳という年齢はもっと完成されたものだと思っていました。

仕事も落ち着いている。
将来もある程度見えている。
自分の立ち位置も決まっている。

そんなイメージがありました。

ですが、実際に48歳になってみると、思っていた景色とは少し違いました。

今の私は、転職活動をしています。
AIについて学び直しています。
ブログを書き、Kindle出版にも取り組んでいます。

若い頃に想像していた48歳とは、かなり違う場所に立っています。

でも最近は、それを悪いことだとは思わなくなりました。

むしろ、人生は思っていたよりずっと途中なのだと感じています。

目次

もっと完成していると思っていた

20代の頃、40代後半の人は人生のベテランに見えていました。

仕事の方向性も決まっていて、迷いも少なく、自分の生き方をある程度分かっているように見えました。

少なくとも、48歳になってから転職活動をしているとは思っていませんでした。

新しい仕事を探し、職務経歴書を見直し、面談の準備をしている自分など、若い頃の私は想像していなかったと思います。

AIと毎日のように向き合っていることも、ブログを書いていることも、本を出版していることも、昔の自分から見ればかなり意外なことです。

年齢を重ねれば、もっと答えが増えると思っていました。

でも実際には、答えよりも問いの方が増えている気がします。

思った以上に、まだわからない

48歳になった今でも、わからないことはたくさんあります。

これからどんな仕事をするのか。
どんな働き方が自分に合っているのか。
AIは社会をどう変えていくのか。
自分はその変化の中で、どんな役割を持てるのか。

正直なところ、確信を持って答えられるものは多くありません。

昔は、年齢を重ねるほど迷いは減ると思っていました。

経験が増えれば判断も早くなり、人生の選択にも自信が持てるようになる。そんなふうに考えていました。

もちろん、昔より分かるようになったこともあります。

無理をすると続かないこと。
合わない環境に長くいると消耗すること。
自分が得意な役割と苦手な役割があること。

そうしたことは、以前より少し分かるようになりました。

それでも、人生全体の答えが見えているわけではありません。

むしろ、わからないことがまだたくさんあると気付けるようになったことが、48歳になってからの変化なのかもしれません。

キャリアは一直線ではなかった

私のキャリアは、若い頃に思い描いていたような一直線の道ではありませんでした。

IT業界で働き、テクニカルサポートやQA、PMOのような仕事を経験しました。

その後、IT業界を離れて介護職へ移りました。

そして今、再びIT業界へ戻ろうとしています。

きれいな経歴ではないかもしれません。

一貫しているように見えない部分もあります。

ですが、遠回りしたからこそ見えたこともあります。

介護職では、人と直接関わる仕事の重さを知りました。相手の状態を見ること、話を聞くこと、周囲と連携することの大切さも学びました。

IT業界にいた頃には見えなかったことが、介護の現場では見えました。

だから、単純に遠回りだったとも思えません。

今は、その経験をどう次につなげるかを考えている途中です。

AIも出版も予定になかった

数年前の自分に、今の生活を説明しても、たぶん信じないと思います。

AIと毎日のように対話している。
ブログを本格的に書いている。
Kindleで本を出版している。
英語版やスペイン語版まで作っている。

そう言っても、何かの冗談だと思われるかもしれません。

でも実際に、今はそういうことをしています。

最初から大きな計画があったわけではありません。

AIを使ってみたら、考えを整理しやすくなりました。
文章を書いていたら、ブログとして残したくなりました。
ブログを書いていたら、本にまとめてみたくなりました。
出版してみたら、海外版にも挑戦してみたくなりました。

一つひとつは小さな行動でした。

ですが、それを続けているうちに、昔は想像していなかった場所に来ていました。

人生は、意外と予定通りには進まないものなのだと思います。

だから面白いのかもしれない

昔は、早く答えを見つけたいと思っていました。

正解の仕事。
正解の働き方。
正解の人生。

それを見つければ、迷いが減ると思っていました。

ですが最近は、少し考え方が変わりました。

答えが決まっていないからこそ、観測する価値があるのかもしれません。

もしすべてが予定通りに進んでいて、将来もはっきり見えていて、迷うこともなかったら、記録することは少なかったと思います。

転職活動をしているからこそ、求人票を見て感じることがあります。
AIを使っているからこそ、自分の不安や期待が見えてきます。
出版してみたからこそ、売上だけではない感情に気付きます。

予定外のことが起きるからこそ、自分の反応が見える。

そう考えると、人生がまだ途中であることは、悪いことばかりではないのかもしれません。

「もう遅い」は思い込みだった

40代後半になると、何かを始めるにはもう遅いのではないかと思うことがあります。

私もそう思っていました。

今さらAIを学んでも遅いのではないか。
今さらブログを書いても遅いのではないか。
今さら本を出しても遅いのではないか。
今さらIT業界へ戻ろうとしても遅いのではないか。

そう考えることはあります。

ですが実際には、始めること自体はできました。

AIを使い始めることもできました。
ブログを書くこともできました。
Kindle出版に挑戦することもできました。
転職活動を始めることもできました。

もちろん、始めたからといって必ず結果が出るわけではありません。

若い頃より時間がかかることもあります。
体力の問題もあります。
年齢の壁を感じる場面もあります。

それでも、「もう遅い」と決めつけて何もしないよりは、実際に始めてみた方が見えるものがあります。

遅いかどうかは、始める前には分からないのだと思います。

人生は思ったより途中だった

最近の実感を一言で表すなら、人生は思ったより途中だった、ということです。

完成していると思っていた年齢でも、まだ変化します。

まだ学びます。
まだ迷います。
まだ挑戦します。
まだ自分の見方も変わります。

48歳になっても、人生が完成した感覚はありません。

むしろ、まだ途中にいるからこそ、見えるものが増えている気がします。

転職活動も、AIとの対話も、ブログも、出版も、その途中で起きている出来事です。

それぞれが別々の活動に見えて、実際には全部つながっています。

自分がどこへ向かうのかを、まだ探している。

その途中経過を記録しているのが、このブログなのだと思います。

おわりに

48歳になって気付いたことがあります。

人生は、思っていたより途中でした。

若い頃に想像していたような完成形には、まだたどり着いていません。

仕事も、働き方も、将来も、自分の立ち位置も、まだ変わっていく可能性があります。

それは不安でもあります。

ですが同時に、まだ観測できることがあるということでもあります。

転職活動を通じて見えること。
AIと向き合う中で気付くこと。
出版やブログを続けることで変わること。

これからどんな景色が見えるのかは、まだ分かりません。

だからこそ、その過程を記録しながら進んでいこうと思います。

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