最初は、AIを観測しているつもりでした。
ChatGPTはどこまでできるのか。仕事に使えるのか。転職活動に役立つのか。本を書くことはできるのか。
そんなことばかり考えていました。
最初の主役は、間違いなくAIだったと思います。AIの性能や使い方、できることとできないことを知りたかったのです。
ですが、しばらく使い続けているうちに、少し違う感覚が出てきました。
私はAIを観測していたつもりでした。
でも実際には、AIとの対話を通じて、自分自身を観測することになっていたのかもしれません。
今回は、AIを使い続ける中で見えてきた、自分自身の問いや不安について書いてみます。
AIに質問すると、自分の考えが見えてくる
AIとの会話は、不思議です。
質問をすれば、答えが返ってきます。文章も作ってくれます。要約もしてくれます。考え方の整理もしてくれます。
最初は、その返ってくる答えの方に注目していました。
この回答は正しいのか。使えるのか。どこまで任せられるのか。仕事に活かせるのか。
しかし、何度もAIと話しているうちに、答えそのものよりも、質問している自分の方が気になることが増えていきました。
なぜ私はこの質問をしたのか。
なぜそこが不安なのか。
なぜそれを確認したいのか。
なぜ何度も同じようなことを聞いているのか。
AIの返答を読んでいるつもりが、気づけば自分の思考パターンを見ている。そんな感覚がありました。
AIは、ただ答えを返す道具ではなく、自分の考えを映す鏡のような存在でもあるのかもしれません。
転職活動でも、自分の問いが見えてきた
転職活動でも同じことが起きました。
最初は求人票ばかり見ていました。どんな仕事があるのか。年収はいくらか。勤務地はどこか。必要スキルは何か。自分に応募できる案件はあるのか。
もちろん、それらは大事です。
ですがAIと話しているうちに、別の問題が見えてきました。
私は何をしたいのか。
何が得意なのか。
どんな働き方なら続けられるのか。
なぜIT業界へ戻りたいのか。
介護職の経験を、自分の中でどう位置づけたいのか。
求人票を分析することより、自分自身を分析することの方が難しかったのです。
AIに質問していたつもりが、実際には自分の不安や迷いを言葉にしていたのだと思います。
転職活動で本当に難しいのは、求人を探すことだけではありません。
自分の経験をどう受け止め、どう説明し、これからどこへ向かうのかを考えることです。
AIとの対話は、その部分を見える形にしてくれました。
出版でも、見えてきたのは自分だった
Kindle出版でも同じでした。
最初は、本を出せるかどうかに興味がありました。AIで執筆を手伝ってもらえるのか。構成を作れるのか。表紙や説明文を考えられるのか。実際に出版できるのか。
最初の関心は、やはり「AIで何ができるのか」でした。
ですが、実際に出版作業を進めてみると、見えてきたのはAIの性能だけではありませんでした。
私はなぜ書くのか。
何を残したいのか。
誰に届けたいのか。
売れる本を作りたいのか。それとも、自分の観測記録として残したいのか。
出版という行為を通じて、自分自身を観測することになりました。
本を出すことは、ただ文章をまとめてAmazonに登録する作業ではありませんでした。
自分が何を大切にしているのかを確認する作業でもありました。
AIはその作業を手伝ってくれましたが、最終的に選ぶのは自分です。
だからこそ、AIを使った出版は、AIの実験であると同時に、自分自身の実験でもありました。
欲しかったのは答えではなく、問いだったのかもしれない
振り返ると、私は答えが欲しかったわけではないのかもしれません。
もちろん、転職の答えや、働き方の答えや、人生の答えがあるなら知りたいと思っていました。
どの道を選べばいいのか。何をすればうまくいくのか。どこへ向かえば間違いないのか。
そういう答えを求めていた時期もあります。
ですがAIを使い続けて感じたのは、答えよりも問いの方が大事だということです。
どんな問いを持っているのか。
何に違和感を感じているのか。
何を不安に思っているのか。
何を知りたいと思っているのか。
何を観測しようとしているのか。
そこに、その人らしさが出る気がします。
AIは、たくさんの答えらしきものを返してくれます。
でも、その中から何を選び、何を疑い、何を自分の現実に引き寄せるのかは、人間側に残ります。
だからこそ、AI時代には「答えをもらう力」だけではなく、「自分が何を問うているのかに気づく力」が大事になるのかもしれません。
AI時代だからこそ、人間側の観測が残る
AIはどんどん賢くなっています。
文章を書く力も、要約する力も、提案する力も上がっています。これからさらに進化していくのだと思います。
だからこそ、人間側に残るものもあると感じます。
何を観測するのか。
何に価値を感じるのか。
どんな問いを持つのか。
何を選び、何を選ばないのか。
それはAIには代替しにくい部分なのかもしれません。
AIが便利になればなるほど、人間は「自分が何をしたいのか」を問われるようになる気がします。
文章を作ること自体は、以前より簡単になるかもしれません。
でも、何を書くのか。なぜ書くのか。誰に届けたいのか。
そこは自分で考える必要があります。
転職活動も同じです。
職務経歴書の整理や面談対策はAIに手伝ってもらえます。
でも、どんな働き方を選ぶのか。何を大切にするのか。どこまで挑戦するのか。
そこは自分で決めるしかありません。
観測者としての自分
最近は、転職活動も、出版活動も、ブログも、すべて観測活動の一部のように感じています。
成功するかどうか。
失敗するかどうか。
もちろん、それも大事です。
ですが、それ以上に、その過程で何を感じたのか、何が見えたのかに興味があります。
48歳で転職市場へ戻ろうとして、何を感じるのか。
AIを使いながら職務経歴書を整理して、何が見えてくるのか。
Kindle出版をして、何が変わるのか。
ブログを書き続けることで、自分の考えはどう変わるのか。
そのひとつひとつを、観測している感覚があります。
最初はAIを観測していました。
でも今は、AIを通して自分自身を観測しているのだと思います。
少し変な話かもしれません。
ですが、今の私にはそう感じられます。
おわりに
AIを観測していたら、自分を観測することになった。
この感覚は、AIを使い続ける中で少しずつ強くなりました。
AIは鏡のような存在なのかもしれません。
質問を投げるたびに、答えだけでなく、質問している自分自身も映し出してくれる。
だから私は、今日もAIと話しています。
AIを知るためだけではありません。
自分を観測するためでもあります。
そして、その観測をこれからも記録していきたいと思います。

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